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利用される?ノーベル平和賞

2007年11月08日 23:00

ウォール・ストリート・ジャーナルが呈した疑問

去る10月12日、アル・ゴア元米国副大統領とIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2007年のノーベル平和賞受賞者に決まった。いずれも温暖化問題への貢献が評価されたものだが、新聞論調では評価が分かれている。筆者はIPCCの第3次および第4次報告にリードオーサー(代表執筆者)として関わったので、いわば当事者である。したがって今回は、ゴア氏の受賞についてコメントすることとし、IPCCについては後編の最後に、少しだけ感想を述べたいと思う。

ゴア氏の受賞には、読者のなかにも、若干の違和感を持った人がいたことと思う。事実、筆者のところにも、こうしたメールが数件入ってきた。実際、 10月15日付の米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙は、社説でこの点に疑問を呈し、適切な候補者として軍部独裁に対して立ち上がったビルマの僧侶たち、ジンバブエのムガベ大統領の独裁に反対して逮捕された反体制派の指導者たち、民主運動を助けた罪で8年間の禁固刑を言い渡されたベトナムのカトリック僧侶、ウクライナとグルジアでロシアの圧政をはねのけ民主主義のために頑張っているユーシチェンコとサーカシヴィリの両大統領など13の候補者を列挙し、世界から暴力と圧政をなくすために命をかけて頑張っているこうした人たちが、来年まで生き延び、ノーベル平和賞を受賞することを希望するとしている。

英国のタイムズ紙も批判的なコメントの例として、今や平和賞の名の下に、民主主義や貧困、環境にまで、あまりに対象が拡大しすぎているとの意見を紹介している。

確かに、「戦争」と「平和」は対極の概念として本能的に理解できるが、「環境」と「平和」の場合には、理解するのに若干時間がかかる。この点に関しては、ノルウェーのノーベル平和賞選考委員会は公式選定理由のなかで、「大規模な気候変動は人類の生活条件を脅かし、大規模な住居移動や資源争奪競争の引き金になり、地域内紛争や国家間の戦争発生の危険が増す」としている。


チェコ大統領が示す不快感

 英国のタイムズ紙も批判的なコメントの例として、今や平和賞の名の下に、民主主義や貧困、環境にまで、あまりに対象が拡大しすぎているとの意見を紹介している。

 確かに、「戦争」と「平和」は対極の概念として本能的に理解できるが、「環境」と「平和」の場合には、理解するのに若干時間がかかる。この点に関しては、ノルウェーのノーベル平和賞選考委員会は公式選定理由のなかで、「大規模な気候変動は人類の生活条件を脅かし、大規模な住居移動や資源争奪競争の引き金になり、地域内紛争や国家間の戦争発生の危険が増す」としている。

 タイムズ紙では以前、国連の人権関係部局で働いていたノルウェー出身の高官の話として、「(地球温暖化の問題は)戦争と平和の問題であり、アフリカのサヘル(サハラ砂漠の南部に隣接する半乾燥地帯)では、温暖化を原因とした最初の戦争が起ころうとしている」と指摘している。確かに、温暖化に限らず、貧困や水不足などが間接的に地域紛争の原因となることは十分あり得る(水問題では、すでにユーフラテス川上流のトルコと下流のシリアの間でそうしたケースが発生している)。

 温暖化についても、大量の環境難民が発生するとなれば、このような地域紛争の可能性は高まる。この意味で温暖化を「平和」と結びつけたノルウェーの選考委員会の決定は、慧眼と言うべきかもしれない。とはいえ、WSJが挙げたような前述の事例を見ると、これらはまさに平和問題に直結している。なぜ、今日の時点でゴア氏なのかという点には、違和感があるのが正直なところである。

 この点で異彩を放つコメントは、チェコのクラウス大統領によるものである。チェコの英字新聞やテレビニュースによると、ゴア氏の活動と平和との関係が不明確として不快感を示している。クラウス大統領は、今年6月14日付の英国のフィナンシャル・タイムズ紙で、ゴア氏の映画や、本欄でいずれ取り上げる英国のニコラス・スターン卿による『スターンレビュー(今すぐ大幅削減に取り組むことの便益が費用よりも大きいとのレポート)』により、欧州で盛り上がっている迅速かつ急速な温暖化対策の必要性に対し、「危険にさらされているのは気候変動ではなく自由だ(What is at risk is not the climate but freedom)」と反論した経歴を持つ。長く共産主義の下で苦労した人の言だけに、統制経済復活への危機意識の表れとして、それなりの重みがある。同氏のコメントはこうした文脈から出てきたものと思う。


理由が不明確なゴア氏の受賞

 なぜ、温暖化と平和が結びつくのかについての選考委員会の主張は前述の通りであるが、では、なぜゴア氏なのか。委員会ではこの点について、ゴア氏が長く環境問題に取り組んできた実績を挙げ、「採択されるべき政策・措置に関して世界の人々に理解させた最大の功労者」であるからだとしている。さらに続けて、委員会としてはノーベル平和賞を授与することで、温暖化を防止するのに必要な プロセス と 決定に焦点を当て、人類の安全への脅威を削減することに貢献することを望むと記している(下線筆者)。そして最後に「今や行動すべき時期だ、温暖化への人類のコントロールが効かなくなる前に(Action is necessary now, before climate change moves beyond man’s control)」と結んでいる。

 確かに、行動は早いほどよいが、ほかに平和に関する案件が山積するなかで、なぜ温暖化なのか、なぜゴア氏なのかについては、わからない点が多い。特に筆者が注目しているのは、「温暖化防止のプロセスと決定」に焦点を当てる、という部分である。温暖化防止のプロセスというと、まさに国連の気候変動枠組み条約、および京都議定書締約国会議のこと(あるいは、もう少し広く解釈すると、米国主催の主要経済国会合やG8サミット(主要国首脳会議)も入るかもしれない)であり、決定とはポスト京都議定書の枠組み交渉の決着、あるいは2050年から2100年を目指した長期目標についての合意以外には思い浮かばない。

 仮にそうだとしたら、ノーベル賞受賞者を、ある意図を持って決定したとの誹りを免れまい。なぜなら、ポスト京都議定書の枠組みをめぐり、ゴア氏が過激なアイデアを打ち出し、また欧州連合(EU)も筆者から見ると非現実的な案を提示するなかで、ブッシュ政権がこれに賛同せず別の考え方を探っているという状況でのノーベル賞授与は、米国の態度を変えさせようとの意思表示ともとれるからである。


背後に見え隠れする政治的意図

 10 月13日付の米ニューヨークタイムス紙によると、ノーベル平和賞選考委員会委員長のオーレ・ダンボルト・ミョース氏は、記者からの、「今回の受賞は、ブッシュ政権に対する批判と解釈されるのではないか」との問いに対し、「特定の個人を誹謗する意図はないが、大国を含むすべての国に、温暖化に対して何ができるかを再考してもらいたいと思っている」と述べている。また、残り4人の選考委員の一人ベルゲ・フッレ氏は、ニューヨークタイムスとの電話インタビューに対し、「受賞が、米国を含むすべての国の人々の態度に影響を与えることを希望している」と述べている。

 これは、ノーベル平和賞をある意図を持って授与したと言っているに等しい。ブッシュ政権は、今年のハイリゲンダムサミットで温暖化防止の国際交渉に復帰し、自らも主要経済国会合を開催するなど、次期枠組みに積極的に参加する意向を示している。もちろんEUの主張と米国の主張には相当隔たりがあるが、これは当然である。

 筆者は個人的には、できないことはできないと言う米国の主張の方が受け入れやすいし、日本の立場とも近い。いずれにしても、主張が対立しているなかで、片方の主張を後押しすることになるのを承知で選考したなら、極めて政治的意図を持ったものであり、ノーベル平和賞の価値を損なうものである。

 事実、内外の新聞論調は、受賞によりゴア氏を大統領候補に推す動きが高まること、たとえ、同氏が立候補しなくとも同氏がどの候補を推すかが大きな意味を持つと報じている。

(2007/11/08 日経BP)
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