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【地球をどうしますか 環境2008】中央アジア諸国 水めぐる対立

2008年05月12日 23:00

 ■迫る危機、虎視眈々の露

 石油や天然ガスと同様、「水」でも「持てる国」と「持たざる国」が存在する。将来、水こそが戦争を引き起こすとみる専門家さえいる。旧ソ連の中央アジアでは、慢性的な水不足に伴う諸国間の対立が激しさを増していた。

 「農業や飲料に必要な夏場に水が足りない。半面、厳寒の冬場には毎年、川が氾濫(はんらん)し大洪水が起き、その被害額は年間10億テンゲ(8億8000万円)を下らない」。カザフスタン水資源委員会のケンシモフ副議長は厳しい状況を説明する。

 なぜか。降水量の少ない中央アジアは淡水の多くをシルダリヤ(シル川)とアムダリヤ(アム川)の二大河川に頼る。そのシル川の上流に位置する隣国のキルギスが、冬場の水力発電に備えて夏に貯水し、冬になると一気にダムから放出するからだ。

 中央アジアには、二大河川の上流に位置して水を自由に使えるタジキスタン、キルギスと、そのあおりを受ける下流のカザフ、ウズベキスタン、トルクメニスタンが対立する構図が生まれた。諸国間の小規模な武力衝突も起きており、取水問題は一触即発の状況だ。

 下流の3カ国は石油や天然ガスが豊富だが、上流の2カ国にはそれがない。カザフ大統領付属戦略研究所のラフマトゥリナ氏は「ソ連時代は中央政府が水資源の配分を統制し、水・電力と石油・ガスの弁済関係があった。ソ連解体でそれが崩れ、各国の利害はむき出しになった」と解説する。今や「キルギスは石油やガスと引き換えに、従来の電力に加え、川の水まで売ろうとしている」という。

                 ■ ■ ■

 こうした対立と利害の構図を虎視眈々と見据えているのが、世界第2の淡水資源を擁するロシアである。

 プーチン前大統領の側近、グリズロフ下院議長は2月、「飲料水は石油、天然ガスに続いてロシアに利益をもたらす。すでに水をめぐる戦争が始まっており、淡水は戦略の源だ」と語った。石油やガスの供給停止を盾に近隣諸国を恫喝(どうかつ)するロシアは、水を第3の「政治的な武器」と位置づけ始めたのだ。

 世界資源研究所(米国)によると、ロシアの年間保水量は4313立方キロ。これは中央アジア5カ国の合計保水量の21倍以上にも相当する。中東に目を向けると、アラブ首長国連邦やクウェートの淡水資源はゼロに近い。ロシアは中央アジアや中東に水を輸出する可能性を検討しており、一部のオリガルヒ(寡占新興財閥)はすでに、水源や水を輸出するためのパイプラインなどの利権をにらみ暗躍を始めている。

 現時点では「ロシア自身の水汚染が深刻で、技術面からみても水の輸出は採算がとれない」(露科学アカデミー、ザイツェバ氏)との見方もあるが、ケンシモフ氏は「カザフが将来的にロシアから水を買うことは大いにあり得る」としている。

 世界的にみると、水の消費は前世紀、人口の2倍のペースで増え、さらなる需給逼迫(ひっぱく)が予想されている。20秒に1人が浄水の不足により死亡しており、水を「効率的かつ公平に分配する方法」(潘基文・国連事務総長)を考えるべき時にきている。(アスタナ=カザフスタン 遠藤良介)

                  ◇

 □干上がった湖 アラル海

 ■水量回復、芽生えた希望

 たどり着いた漁村に「海岸」はなかった。カザフスタンとウズベキスタンにまたがる内水湖のアラル海。その北部、ブグニ村の漁師らは、15キロ先に遠ざかった海まで、砂嵐の中をトラックやバイクで走り抜け、漁に出る。

 かつて6・8万平方キロと、北海道(8・3万平方キロ)よりやや狭い、世界第4位の湖面積を誇ったアラル海は、ソ連時代の1960年代に干上がり始めた。89年には北側の小アラルと南側の大アラルに分かれ、湖面積も現在は4分の1ほどだ。「水中の塩分濃度が急激に上昇し多くの魚類が死滅した。、干上がった地面から塩分を含む塵(ちり)が遠方まで飛散し、地球規模の気候変動に影響している」(現地環境調査官、カイルベク氏)という。

 原因は、旧ソ連政府の無謀ともいえる農業政策にある。アラル海に流入するシル川とアム川の流域を砂漠から農業地帯に変えようと、ソ連は両河川から無数の運河を引く大規模な潅漑(かんがい)事業を行った。その結果、中央アジアは綿花などの一大生産拠点となったものの、アラル海の縮小と水不足の深刻化を招いたのだ。

 2005年には、小アラルから大アラルへの水の流れを止めるべく、世界銀行などの出資で堰(せき)が建設され、小アラルについては水量や水産資源が若干、回復した。NGO(非政府組織)の支援を受け、1990年代には壊滅状態にあった漁業も、徐々にだが復活している。

 ベテラン漁師のカラトゥポフさん(66)は「私たちには漁業しかないというのに、海岸はどんどん後退し、多くの者が村を去った」と振り返る。そして「今はスズキなど4種類の魚が獲れる。60年代と比べれば2割の漁獲高しかないが、希望は芽生えている」と話す。

 だが、かつてのアラル海を取り戻すこと、とりわけ大アラルを救うことは絶望的だという。ソ連時代の農業政策の「負の遺産」は、かくも大きい。

(2008/05/12 産経)
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